コンサルタント会社を経て、とんかつ豊かを起業した飲食マーケッター小林孝志のブログ

第119話 失ってわかるありがたさ
11月初めの土日は久しぶりに二日間ともとても良い売り上げを記録。

その時、ずっと揚げ場に入っていたのが“阪大8回生”唐木君です。

しばらくホール業務に専念していた彼は、今後のスタッフ育成のことも考えてなのでしょう、
積極的に揚げ場に入り、考えを持って仕事をしているように私からは見えました。


揚げ場から見たホールと、ホールから見た揚げ場はまったく違ってきます。
ホールに慣れたからこそ、改めて揚げ場を実践しようという意図を感じたので、
私は何も言わずやってもらいました。



が、その二日間は連続で一人ですべてをこなすにはきつすぎたようです。
月曜日の朝に彼からメールが届きました。
「右手が動きません・・・」

しかし、その日は私は大切なお客様をお迎えする日。
代わってあげられるのは早くても8時以降です。

とりあえずは店の行きつけにしている接骨院に行ってもらい、診てもらいました。
が、かなり重度の腱鞘炎とのこと。
店に帰ってきた彼の右手はギプスでガチガチに固められていました・・・

自分を責めるので、
「俺と同じで、もう揚げ場には入ったらあかんということがわかったやん」
といって笑い飛ばしました。



それからしばらくは接骨院の先生の指示通りに絶対安静のため休みを取ってもらいました。
働きづめの彼にとっても、きっと必要な休みだったのでしょう。



彼が入社するまでは、私は午前中にプールに行って、帰ってからブログを更新、
昼を食べてから、2時ごろに店に着きます。
そこから銀行や買い出しなどに行き、開店準備と包丁を使わなくてもいい仕込みをします。
それを終わると大体3時半過ぎ。
血流の関係でとても疲れやすいため、しばらく休憩も兼ねて、電話の着信チェックなどをします。
そしてパソコンで集計業務を始めるともう4時半近くになります。
5時前には早出のスタッフが出社して来ますので、結局ゆっくりと考える時間はほとんどなし、
というのが今まででした。


それが彼が店に入るようになってからずいぶんとリズムが変わりました。
彼はいつも夕方4時にきて、シャッター開けから、仕込みまでの開店準備と、
店の徹底したクリンリネスをすべて任せています。

その間、私はまったく自由です。
本当にいろいろなことが一気に進みました。
小さなことから大きなことまで、ゆとりを持って行うことができます。

2時に会社にきて銀行に行きさえすれば、疲れることもなく、ずっとゆとりの時間です。
こんなにありがたいことはありません。
約4時間のフリータイムは何にもましてありがたいものです。



そんなリズムに慣れてきて、やってくれるのが当たり前と感じるようになった矢先の怪我。
私自身が風邪気味であることもありますが、やりたいことが計画通りにできなくなるものです。



当たり前のように、やってくれること。
失ってみて、そのありがたさが身に染みました。
とにかく早く怪我を治してくださいね。
よろしく!!!!!
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# by tonkatsuyutaka | 2007-11-12 20:34
第118話 久しぶりのセミナー講師をやって学んだこと
昨日、兵庫県美容業環境衛生同業組合 宝塚支部様の
「秋の教育部講演会」の講師をつとめさせていただきました。


セミナー講師をするのは、船井総研を退社する2ヶ月前に勝手に「引退記念セミナー」と称して
サトーカメラの佐藤勝人さんと一緒に、福岡、大阪、東京、札幌の4会場で話して以来です。


当時は月に何度も人前に立って原稿も何もないまま話すということをしていたので、
今回もまったく緊張することもなく、とにかく今の私に伝えられることを伝えよう!と
真剣に話をさせていただきました。


参加されたのは30名以上。
大半が私よりも先輩の経営者の皆様です。
その参加者の皆さんを確認して、今日の講演テーマを
「開業当時の夢と希望に満ち溢れていた自らの始元を取り戻していただこう」
そういう風に私なりに決めて話をしました。


経営も20年30年とやっていると惰性になってしまう経営者がたくさんいます。
それでも経営をはじめるときは、本当に大変な思いをしながらも、
夢や野望や希望をかなえるために必死になって働いていたはずです。

参加された経営者の皆さんから比べると、私なんてまだまだひよっこです。
そんな私が伝えられることは、ほんの2年半前にそういう思いではじめて、成長し続けるために
日々行っていることしかありません。


それらを具体的な事例を使いながら、参加者一人一人の表情を見ながら、できる限り丁寧に、
そして分かりやすく伝えました。


約2時間という長めの時間をいただきましたが、
今の経営者であり、マーケッターとしての私の力はほぼ出し切れたと思います。



セミナーの後、参加者の皆様が
「普段やったら寝に来るようなもんやけど、今日のお話は逆に目が覚めたわ」
「人の話聴いてメモ取ったんなんて記憶にないわ。見て、ノートぎっしりになったわ」
「経営者をはじめたときの熱い思いを思い出せました。ありがとうございました」

そんな声をたくさん聴かせていただきました。
本当にありがたい限りです。



そうして会場を出るときにふと気づいたのは、
船井総研の時と比べて汗をかかなかったということです。

もちろん、立って話をするということ、さらには会場の熱気もあって、多少の汗はかきました。
しかし、船井総研の時は最初から最後まで汗だくでした。
1時間も話すとまるで風呂上りの如く、全身びちゃびちゃです。
額からぽたぽたと汗が落ち、原稿がにじんだこともあるほど。
セミナーの日は必ずYシャツの着替えを持っていかねばならないほど、大汗をかいていました。
当時、私は汗かきだから・・・と言い聞かせていましたが、
講師として話すとき以外は汗なんてかきません。



そこで感じた明らかな違い。
それは話の内容に対する私の自信です。


昨日お伝えした話は、私が実際に体験して、心の底から自信を持っている私自身からでてきた
言葉です。
しかも伝える相手に経営者として自分よりキャリアも何もかも上という敬意を持っていました。
だから一切演じることなく自分自身をさらけ出すことができたのです。


船井総研の時は違いました。
話す内容は、自分の言葉と思い込むようにしてきた受け売りの言葉です。
多くは指導先の経営者であったり、上司の宮内亨氏の言葉であったり、
ほとんど自分の言葉として話をしていませんでした。
さらには船井総研チームリーダーとして、参加者の上に立って伝えねば・・・
と必死になって優秀なコンサルタントであることを演じていたのです。

宮内氏にはいつも「不自然なことをするから汗をかくんさ」と言われました。




経営者をやって、経営というのが簡単じゃないことを思い知りました。
経営者をやって、店を維持しつづけることだけでも大変なことだと思い知りました。
できると思っていたことが全然できず、それでも失敗を繰り返しながら一歩づつ、
時には後退もしながら、前を向いて進んでいる。
そうしたことで企業の大きな看板を傘にして自分は偉いと思い込んでいたことに気づきました。

今、私自身は極めて自然体です。
何も演じる必要もなく、恥をかくことにも恐れがありません。


そのことを昨日の2時間で汗をかかなかったことが証明してくれました。
それ自体が私としてはさらに大きな自信です。


とてもありがたい機会を与えてくださったKTパームスの鶴田康聖社長に感謝いたします。
ありがとうございました。
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# by tonkatsuyutaka | 2007-11-09 09:09
第117話 タイミングとは常に悪いことを前提にする
郊外にある店舗の宿命なのかもしれませんが、平日の営業にはムラがあります。
いまだにお客様の多い日と少ない日はいつ、どんな時に、というのが読めません。


80席もあるような大きな店なら、必要最低人員も最初から多いので、
多少の読みが外れてお客様が多かったとしても対応はしやすいものです。


しかし私たちのようなわずか14席の小さな店では、
20人来られるのと40人来られるのとではその忙しさは倍では済みません。
ぱらぱらと来店されての20人なら2人で対応できます。
しかし一気の20人の場合は3人必要です。
40人となると3人でも非常に厳しい状態です。


かといって常に3~4人で待機するというのも、人件費上無理な話なのです。

だから店としては、読めない中でも過去の実績に基づいて、
万全の体制を整えておくほかありません。


通常の平日は大体立ち上がりは悪いので、18時から19時までは2人体制です。
19時から1人増えて3人体制になります。
そして状況をみて20時30分から21時にかけて1人上がって2人体制で店を閉めるというのが
平日の人員パターンです。



それにしてもこの2日間はそのムラが特に激しいものでした。

火曜日はもともとお客様の少ない日です。
そこで新人研修をするため11月に入社した20歳の女性スタッフを19時からシフトに入れました。
18時から入っているのも10月に入社したばかりの男性スタッフです。
しかし18時の開店と同時に男性客が1人入っただけで、20時までゼロです。
研修にもなりません・・・

そこで私は女性スタッフと席に座って、店を作るに当たっての思いや、品揃えについて、
メニューブックの構成や、売り方についてなど様々な話をじっくりとしました。
彼女も私の話に次々と質問をしてきましたし、提案までしてくれました。

その日は店の片付けの研修を行うので、20時から教育担当のスタッフが出社してきました。
そこでもうひとりの男性スタッフは上がってもらいます。
そして揚げ場の練習と片付けの打ち合わせに入ってもらおうと思ったところ、
どうしてなのだか、急に来店が続きます。
2時間も来店がゼロだったというのに、あっという間に満席です。

それでも本来の目的を果たすべき、研修をしながらお客様への提供もなんとかできました。
そして最後のご来店がラストオーダーギリギリでした。

慣れた人がラストの片付けをするのと研修をしながらやるのとでは時間が倍以上変わります。

しかししっかりと研修をしてもらいました。
結局、私の帰りはいつもよりも1時間半くらい遅い23時50分の最終電車になりました。


昨日の水曜日は1週間を通して比較的売上が高い日です。
特に6名のご予約があったので、もともとは19時入りの予定だったスタッフに
早く入れるかたずねると、たまたまその日は授業が休講なので18時からは入れるとのこと。
じゃということで18時から入ってもらうことにしました。

開店準備が早めにできたので、5分前に店を開けると10分後に満席になりました。
その後も続々と来店があり、18時半には行列が・・・
結局19時までの1時間強の間に30人近い来客数がありました。

キッチン内はドタバタです。
それでもなんとかかんとか切り抜けて全ての提供を終えて一息ついたら、
その後の来客は見事に止まりました。
19時15分に入られたお客様を最後に、まったく来られません。

そしてその前日が遅かったこともあったので、早めに片付けに入り、
いつでも閉められる状態になった21時15分にお客様が来店されました。




もちろんお客様のご来店ほど嬉しいものはありません。

しかしなぜいつも集中するのか?
そして片付けモードに入ると来店があるのか?


そのタイミングの悪さを嘆いても仕方がありません。

逆にタイミングはいつだって悪いものと受け容れていれば、楽になれます。

火曜日はタイミングが悪かったおかげで、新人スタッフに店に対する思いを
伝えることができました。
そして忙しい中での揚げ場のオペレーションを体験してもらうこともできました。
さらには片付けに時間をかけるととんでもない時間になってしまうことも体験してもらえました。

水曜日は30人ものお客様に平日でもものすごく入っていることを知っていただくことができました。予約キャンペーンの説明をすると「平日でも予約したほうがいいわね」と言っていただけました。



タイミングはいつも悪いものです。

それをどうやってプラスにとらえ、どうやって次の戦略に生かすか。



そこが商売人としての、経営者としての、力の見せ所であり、楽しみどころだと感じました。
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# by tonkatsuyutaka | 2007-11-08 12:42
第116話 本田美奈子さんの命日
今朝、テレビから本田美奈子さんが歌うアメイジング・グレイスが流れてきました。
本田美奈子さんが急性骨髄性白血病で亡くなったのは2年前の11月6日。
私は当時そのニュースを病院のベッドで見ました。


本田美奈子さんは1967年生まれ。
私よりひとつ年下のまったくの同世代です。
わずか38歳での死は、すでに3ヶ月以上入院しているにも関わらず、
一向に退院のめどが立たない私にとっては辛いニュースでした。


生きてきた経緯も世界もまるで違うとはいえ、
ここ数ヶ月の闘病生活の写真映像を見ると私と同じ状況です。
ちょっと前まで元気いっぱいに仕事をして、入院していても必ず良くなることを信じて、
たくさんの夢を語り、看護士を相手に歌ったりしていたそうです。
採血されながら「うちのとんかつはね」と看護師さんに語っていた私と同じです。



その頃の私は、9月に受けた開頭手術の状態が良くなり、落ち着き始めていたものの
10月下旬から原因不明の高熱が続いていました。
1日に何度も41度を超える発熱があり、血液検査で通常0.2くらいが標準値の炎症反応が
15を超えるような異常値が続いていました。
ずっと点滴を受けながら解熱剤によって意識を保つような状態でした。

その原因は後日、以前に受けた手術がもとでできた動脈瘤でしたが、
それが判明するまではとにかく不安でかつ厳しい日々でした。


ちなみに11月6日は1989年の松田優作さんの命日でもあります。
松田優作さんが亡くなった時の年齢は40歳。
本田さんのニュースに続いて流れる、私が憧れつづけた松田優作さんのニュースを聞き、
死を強く意識しました。


その後、動脈瘤の手術を受けたものの術後経過があまり順調ではなく、
傷口を閉じられないまま、ある日突然の大量下血。
緊急輸血を受けながら国立循環器病センターから大阪大学救命救急センターへ
救急車で搬送され、集中治療室に入りました。

今までは遠い遠い想像の世界でしかなかった死が目の前の現実になった瞬間でした。




あれから2年、今ではすっかり元気に生きています。
仕事だ、遊びだ、という以前に「生きている」という感覚を持てるのが、
私が死にかけたことから学んだ感覚です。


家族のこと、スタッフのこと、友人のこと、お客様のこと・・・生きているからこその存在です。
感じること、思うこと、考えること、やってみること・・・生きているからこそできることです。


本田美奈子さんや松田優作さんは死してもなお映像としても作品としても生き続けています。
それを素晴らしいという考え方もあります。
そんな風にして生きてみたいと考える方も多いと思います。


しかし私のように死を目前まで引き寄せた人間にとっては、
死んでからどんな評価を受けようが関係ありません。


生きているときにこそ、悔いを残さず楽しむべき時に楽しみ、苦しむべき時には苦しみ、
おもしろければ笑い、悲しければ泣く。
そうやって「生」そのものを受け容れるべきだと知っています。


決して精神論でも、決して宗教論でもありません。

人間は死んだらおしまいです。
生きていてこそ人間です。


今こうして生きていること自体に感謝を感じたワイドショーの特集コーナーでした。
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# by tonkatsuyutaka | 2007-11-06 11:33
第115話 ごはんのおかわりを有料にしました
今、なんでもかんでも値上げに向かっています。
当店で使用する食材も揚げ油をはじめとして、
いわゆる穀類を使っているものは値上げの波にさらされています。

当然のことですが、それは原価に大きく影響を与えます。
しかし、最終消費者と常に向き合っているサービス業、小売業は
なかなか値上げに踏み切れないものです。

特に私どものような小さな店、まだまだ導入期の店にとっては、
値上げというのは最終手段と考えざるを得ません。


しかし手をこまねいてみている訳ではありません。
お客様の動きを見ながら、少しでも出来ることを考える必要があります。


そのひとつがごはんのおかわり有料化でした。


そもそも私は店をはじめる前から、ごはん、キャベツ、味噌汁までおかわり自由が当たり前と
思われている、とんかつ店独特の常識が不思議で仕方がありませんでした。
ファミレスでも中華料理店でも和食店でもごはんはもちろん、サラダやスープは有料です。
なぜ、とんかつ店だけ?


そこで再オープンしてからおかわり自由制をやめました。
そのかわり、最高に美味しい米を、最高に美味しい状態で炊き、ぴかぴかつやつやの状態で
提供すると決めました。
量ではなく質で価値を伝えようという考えです。
またそれを理解して、それを求めるお客様に来ていただきたいという考えでもあります。


おかげさまでその戦略はひとまずあたりました。
おかわりを言われるお客様の比率は10~15%程度です。
ほとんどのお客様が、ごはんの配分を考えながらお食べになられます。


それでもあくまでもサービスとしてメニューには一切表記をしないまま、
1回だけおかわりを受けていました。
おかわりができると知った時のお客様の嬉しそうな表情といったら、
サービスをしている人間としてたまらない喜びです。

そうして、お客様と喜びを分かち合っていました。



しかしながら、おかげさまで店の評判が広がり、客層も様々になってきました。
最近では高校生くらいのとても若いお客様も増えてきました。
彼らにとってとんかつ店の常識であるおかわりを、
とんかつを一切れも食べないうちに言ってくるようになりました。

おかわり一杯無料を表記していないとはいえ実施している以上、当然受けます。
さも当然の顔で受け取る彼らに「次のおかわりからは1杯250円になります」と伝えると、
不満そうな顔をして途端に大事に食べ始めます。
そうしてお互いに喜びを分かち合えない状態が発生し始めました。



おかわりを1回できることを知らないお客様もいらっしゃいます。
さらには女性やお年寄りなどそもそもおかわりは不要なお客様もいらっしゃいます。

自分の商売がお客様に対して随分不公平になっていることに気づきました。

肉は大きさが変わると値段が変わります。
私にとってのごはんは決して添え物ではなく、
とんかつと同等にお客様に自信を持って提供している商品です。

商売として商品をぞんざいに扱い、お客様に不公平感を与えているとすれば問題です。



そういったこともあり、また食材の値上げの波にもあわせて、
11月1日よりごはんのおかわりの有料化に踏み切りました。

値段は標準200円、少なめ100円、多め300円。
全てのテーブルにご案内POPをつけました。


その結果、今までよりもおかわりの件数そのものが増えました。
予想外でした。


原因としてはやはりおかわりができることを知らなかったというのが一番です。
さらに2,000円の単価に対して100円~200円のプラスなら、
満足を優先していただけるということです。

お客様にごはんを価値のあるものとしてとらえていただけることにも嬉しさを感じます。
ますますごはんを美味しい状態で出さねば!という気持ちになれます。



昨日はおかわりの売上だけでとんかつ2人前を超える売上になりました。



常識をまず疑い、
自分のやっていることに常に問題意識を持ち、
お客様の真の要望を見いだし、
自分にできることを思い切ってやってみる。

ダメならさらに深く考えて行動するのみです。


そうした実践を繰り返していくことでしか、強い店になる方法はありません。
私のような店には立ち止まっている暇も余裕もないということですね。
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# by tonkatsuyutaka | 2007-11-05 11:53