コンサルタント会社を経て、とんかつ豊かを起業した飲食マーケッター小林孝志のブログ

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第123話 近頃、異常にプラス発想です!
私はもともとマイナス発想人間ではないのですが、さりとてプラス発想人間といわれることもなく、
いわば何か起こるたびにその都度考えるバランス型人間でした。
しかし2年前に死にかけて以来、超プラス発想になりました。
そして今はプラス発想が異常に加速中です。


先日、ある女性新人スタッフに対して少し厳しい口調で仕事の考え方を伝えました。
それは厨房内で少しでも余裕があれば仲間のフォローに入るように、といったことです。
小さな店で最小の人数で運営している店です。
決して自分の持ち場を完璧にすることだけでは成り立ちません。


私は新人が入ると、研修期間はできる限り一緒の現場に入ります。
作業は全て教育スタッフが教えます。
私は新人スタッフの姿勢やほんの些細な仕草などをチェックして、
チームワークの重要性や優先順位のことなど仕事に対する私の考え方を伝えています。


しかし今月に入って私は体調不良で現場にほとんど入れていません。
その新人スタッフと一緒に現場に入ったことはほとんどありませんでした。
とてもやる気と学ぶ気を持っている学生です。
しかし教育の初動で仕事の心構えを伝えられずに、コアがずれてしまうと、
後から修正することは困難です。


少々言い方が厳しかったかなと思い、仕事が終わってからメールをしました。
内容的には
・作業のスピードよりも正確さ、確実さに重点を置いて欲しい
・期待していますよ
そんな感じです。

これに対して彼女から返ってきたメールは
・盗めるものを盗んだら去る身です
・人によって教えることがまちまちです
・常にせかされている気がします
・期待しないで下さい
といった内容でした。

そして話をしたいので時間を下さい、とありました。

普通なら、辞めると考えるでしょう。
しかし私は心の底からスゴイ!と思いました。
辞める可能性もあるとは思いましたが、それよりもどうしても残ってもらうべき人だと思いました。


翌日、直接会って話をしました。
「盗めるものを盗んだら去ると書いてあったけど、そんなん当たり前やん。
逆に盗むぐらいの気持ちできてもらったほうが上達が早くて助かるねん。
ただし、きちんと盗むには最低でも半年はかかるで。中途半端に盗むんじゃなくて、
徹底的に盗みきってや。盗まれるものがちゃんとある方がこっちとしては嬉しいしな」

「みんながそれぞれに新しい人に教えようとする行動自体が嬉しいわ。みんな成長してるなぁ。
教えるのがまちまちなのは作業の根幹じゃなくて、きっと些細なことやろ?
みんな工夫して自分なりのやり方やタイミングがあって、その方が楽だよと教えてくれる
わけやから、それはありがたく聴いて一度試して自分に合うかどうかを決めるのがいいよ。
せっかく教えてくれたことは一度はやってみてあげてや。そうせな教えた側は悲しいで」

「せかすのは他のメンバーがみんなやる気満々の証拠。
自分がやればもっと上手く早くやれるのに、と思ってんねん。ある意味では良きライバル関係。
みんなそういう環境の中で切磋琢磨して作業を覚えたんやから、君もそこにノったらいいよ。」

「君に対する期待というのは、長く勤めてくれということじゃないで。だって今から卒業までいても
せいぜい1年ちょっとやん。そうじゃなくて君の学ぶ姿勢に期待してんねん。
小さなことまで質問したり、それこそワインにまで興味を持ったり、そうした姿勢をもっとみんなに
見せて欲しいというのが君に対する期待やねん。
こうやって経営者に1対1で食らいついてくること自体、俺はほんまにすごいことやと思ってるで」

こんな話を1時間くらいしました。

さすがに彼女も豆鉄砲を食らったみたいな表情をする場面もありましたが、
これが今の私のホンネです。


来月以降の話をして頑張ってくれることを約束してから彼女は満面の笑顔で帰りました。



物事、何でも捉えようです。
マイナスで捉えると全ては下降線にしか向かいません。


私は26日(月)から国立循環器病センターに入院することになりました。
検査のデータが尋常でないということです。


12月は私がまったく不在のシフトを組めました。
金銭の管理も全てスタッフに任せます。
毎日、病室まで報告に来てくれます。


それは本来、私が目指していた運営スタイルです。
たまたま私の居場所が病室というだけ。
でも入院させられないと、いつまでも俺がいなきゃ・・・とでしゃばっていたに違いありません。
店や家にいるといろいろとやるべき雑用がありますが、病室ならそれがありません。
一気に本を書き上げるには最高のチャンスです。
しかも健康の心配をしなくていいのです。


ピンチが大きければ大きいほどチャンスも大きくなる!
プラス発想を通り越して、のうてんきとも言えるほどハッピーな気分です。

しばらくブログはお休みしますが、退院しましたらまた報告します。
しばしお待ちくださいませ。
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by tonkatsuyutaka | 2007-11-24 14:53
第122話 病状報告も兼ねて、医者から学んだこと
読者の皆様には大変ご心配をおかけしています。
なかなかブログ更新パワーが出ずにいます。
先週の土曜日は宮内亨さん、佐藤勝人さん、古市編集部長をはじめ数多くのメンバーから異常なパワーをもらい少々回復傾向だったのですが、残念ながら持続には至りませんでした。

しかしこのまま何もしないままだと、入院したんじゃないかとか、死んじゃったんじゃないかとか、
逆に余計な心配をおかけしそうなので久々に病状報告も兼ねて更新させていただきます。


何に弱っているかというと、
発熱です。

もうかれこれ4週間ほどになるでしょうか。
ひどくなったのはここ2週間ほどです。
発熱といっても結構激しくて、大体37度後半、時に39度5分くらいまでの発熱があります。
それを強力な解熱剤で一日中コントロールしています。
一日に何度も何度も熱を計りながら、37度5分を超える前に薬を飲みます。
ただし飲んでいいのは1日3回まで。
あまり上がりすぎると熱を下げるときに1時間のうちにTシャツを5枚くらい換えないといけないほど汗をかくので、すごい体力を消耗します。
かといって上がりきる前だと、薬の副作用が強くなります。
きちんと用量を守っていても強力な薬なので、口の中は口内炎だらけです。(現在8個)


ただし、熱が下がっている間の6~7時間というのは極めて普通です。
電車に乗って会社に来て、事務処理なんかもできますし、店に立つこともできます。
また食欲が全く衰えることがないので、普通にどんどん食べてエネルギーはたっぷりです。

そんな中で私はほとんど店に入ることなく、メンバーにどんどんシフトをチェンジしてもらい、
売上はずっと好調維持。

この売上と落ちない食欲が今の私を支えています。



で、問題は原因です。
実は何にも分かっていません。
行きつけの国立循環器病センターでも不明。
風邪ではないかと淡い期待を抱いて行った個人開業医でも不明。
大阪大学付属病院に行って診察を受けましたが、診察段階では不明。
ただ阪大では貧血になるほど大量の血液検査の検査結果待ちというのが現状です。


わかっていることは体の中に大きな炎症が起きているということ。
しかしそれがどこで、なぜ起きたのか?治療法も含めて謎だらけです。


私は子供の時からよく熱を出していました。
大人になってからも扁桃腺で6ヶ月にわたって40度を超える発熱を体験しています。
冬の富山で41度のまま2時間講演したこともあるくらい、熱には強いようです。


しかし、以前のブログにも書いたように「原因不明」が怖いのです。


経営コンサルタントをしていると、店や会社の売り上げが落ちた原因というのは
何が何でも突き止めます。
原因と思われる事案については徹底して調査するか、
人格にまで踏み込むほどのヒヤリングをします。
7年間のコンサル生活で自分がメインでかかわった支援先に、
市場環境のせいだとか、景気のせいなんて無責任なことは言ったことはありません。
ましてや「原因不明」なんて報告をしたことはありません。


ところが医師は「原因不明」で片付けます。
もちろん、国立循環器病センターのように現状では不明という判断はありです。
しかし、今回個人開業医で受けた「原因不明」はひどいものでした。

国立循環器病センターに通っているのですが、向こうでは風邪やインフルエンザについては
わからないので、その診察をしてください。といったにもかかわらず、知らず知らずのうちに、
血液検査とレントゲン、検尿、エコー検査までさせられました。
血液検査にいたってはいつもの病院なら30分で分かる内容が2日後にまた来いという。

結局、請求された治療費=検査費は8000円です。

それで2日後にいっていわれたのは
「うちではわからんので、大きな病院に紹介状を書きますわ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あんたにはわからないということは最初からわかってるよ!
風邪の診断に必要と思って検査を受けたのに、金返せ!!!!!
んでまた紹介状代をふんだくる気かぁ?????
「要りません。循環器病センターでもらいます!」
「はぁ、そうかい」


医療の現場ってこんなもんです。
3割負担で8千円ということは、「わからん」というために健康保険を1万8千円以上使い、
病院はホクホクということです。


阪大病院でも診察した医師が
「うちの科で診ていいのかなぁ」なんて意味不明のことを言ってます。


最終的に頼れるのは、本当に親身になって、患者のことを考える医師です。
それよりもっと頼れるのは自分自身です。
自分の体調については自分で管理するしかないです。



おっ、熱が下がったところで下がにぎやかになってきたぞ。
着替えて応援に行ってきます!!!!!
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by tonkatsuyutaka | 2007-11-20 19:38
第121話 愛に満ち溢れた鬼の巣?
昨日は今年最後の同文舘出版様の出版会議。

いつも司会進行を進める船井総研コンサルタントが出張で不在のため、
宮内亨氏が冒頭一発目の司会進行を担当。

いつも隅の方でイライラして見ているから、まずは見本を見せてやる!という宣言通り、
芸術的ともいえる進行で決着。

古市編集部長もその気合いに乗せられ、鬼モード全開!
ドスのきいた声で、口調を強めながら企画書をバッタバッタと斬りまくり・・・
私が連れていった阪大生星山君は顔を上げるのも怖いという雰囲気で縮こまっています。



しかしこの場は決して人をコケにする場ではありません。
精神修行の場でもありません。

能力と知識を持った人間の思いをどうすれば書籍という商品にできるかを、
同じ思いで集まる者同士で真剣に議論する場です。

言葉が多少荒くなろうが、声を少々荒げようが、
そこにいるメンバー全員の思いは見事に一つです。

特に宮内氏は全身全霊で愛情をこめて発表者を支援します。
書籍化への道が難しいと思われる案件でも、その人そのものに介入して、
古市編集部長との接点を見つけようとします。

「意識を物質したものが商品である」という言葉をまさに地で行く商品化へのフォローです。



そんな中で出席者のコンサルタントが、安易な発言をしました。
ある人の発表に対して「せっかくなら1冊目につなげた形で2冊目を書けば…」といった趣旨です。
その無責任な発言が宮内氏の逆鱗に触れました。
「自分にできないことを無責任に言うな!お前の本が売れなくて迷惑してる人が目の前に
いるんさ!そんなことにも気付いてないやろ。だからお前はだめなんさ!!!」

その顔はまさに“鬼おやじ”の顔です。

怒鳴られて不貞腐れてしまった彼。



その緊迫しまくった雰囲気で発表する私・・・
しかし私の企画自体は古市編集部長にも受け入れられ、また宮内氏からもべた褒め…
にやつく私・・・


そんな中でまた宮内氏が先ほどのコンサルタントに追い打ちの突っ込みを入れます。
すると彼は完全に不貞腐れた表情で
「それは関係ないと思います・・・」とやけ気味に言い返します。
それに対して宮内氏は、先ほどより語気を強めて、
「ほら見ろ、お前はすべてを別々に見てるんさ。全部お前のことやないか!!!」

そんなやり取りが続き、さらに口調も表現もぐんぐんエキサイティングにヒートアップ。


完全に笑顔が引いて、怒鳴り散らす“鬼おやじ”の横に立ちつくす私・・・


しかしその直後に宮内氏から思いがけない言葉が・・・
それは、

「俺はお前のことが好きなんさ。かわいいんさ。立ち直って欲しいんさ。だから言うんさ。
俺以外に誰もお前にこんなこと言ってくれんやろが?俺だって言いたかないさ。
でもかわいいから言うんよ。いい加減に目を覚ませ!!!!!」


会場にいた誰もが感じていたのは、宮内氏の父性愛です。
いまどきの若者は見たこともないような、激しく、深く、広い愛情です。



そして会議が終わった後も不貞腐れた表情のままの彼の横に座り、じっくりと話を聞いていたのが
サトーカメラの佐藤勝人さんです。

彼があの場で言いたかった苦悩を真剣に耳を傾けて聴き入っています。
まるでおやじに問答無用で怒鳴り倒された弟をいたわるお兄ちゃんのようです。



出版会議という場でありながら、マーケティングの世界で実績を残す二人の達人から
愛情の大切さを学びました。



私はその二人から直接愛情たっぷりに仕込まれました。

まだまだ未熟ながらも、経営に本当に大切なものは、
目先の知恵やアイデアではなく、
愛すべきスタッフとともに、商品を通して、愛情をこめてお客様に喜んでもらうことです。



「命」→「愛」→「商品」→「金」が生きること。

難しくて理解できなかった宮内氏のことばが、
ようやく自分のものになりつつあることが実感できました。
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by tonkatsuyutaka | 2007-11-18 20:52
今しばらくお待ちください。
いつもご愛読いただき、ありがとうございます。

少々体調が悪く、なかなか更新ができていません。

ご心配をいただくようなことではありませんが、

一日も早く体調復活!ブログ復活を目指しております。

もう少しだけお待ちくださいませ。



とんかつ豊か
小林孝志
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by tonkatsuyutaka | 2007-11-17 03:56
第120話 自分の言葉は自分の体に響き渡るものです
昨日、店の大家さんと話をしていて気づいたこと。

それは私がいつも上から押さえつけるようにものを言うのではなく、
相手に気付かせるように話を進めようと心がけているということです。


コンサルタントの駆け出しの頃は、経営のことも販促のこともイマイチ分からないまま、
先生と呼ばれる以上に力をいれて、先生ぶっていました。
そのため提案の仕方も話しぶりも全て上からです。

お客様である経営者を前にして、知識にも知恵にも全てにおいて劣ってることは分かります。
それでも一生懸命食らいついて、経営者の話をしっかり聴いた上で、
自分なりに出した答えを伝えねばなりません、
その時にはカラ自信でもいいから言い切らないとやっていただけないという思いが強くありました。
またそれは事実だと思います。

頼りない若造が「こんなんでは・・・?」「じゃぁこんな方法ではどうでしょう・・・?」
そんな口調ではクビになります。

知らないなりに出した答えでも「こうやらないとうまくいきません!」
と言い切る必要がありました。
今にして思えば、それはある意味で必要悪なのかもしれませんが・・・



コンサルタントとしての経験も十分に積んで、リーダーを任される頃になって、
完全にスタイルが変わりました。


相手の話を徹底的に聴くという点では変わりません。
しかし、そうして話を聴きながら私なりの仮説を早い段階で立てていきます。
それは経営者自身の内側にある「触れられたくない問題点」または「気付いていない問題点」
のいずれかです。


船井総研にかなりの金額を支払って経営相談をしようという経営者です。
内なる問題点を抱えている経営者はとりわけ業界や地域性の問題に転化しようとします。
今、業界でうまく行っている方法や良い知恵をいただければ、
内なる問題点を改善しなくても済む・・・
そうしたお客様が少なからずいらっしゃいます。


しかし、他人の成功事例や小手先の知恵など、続くはずがありません。
自分自身が問題を解決しない以上、実践が伴うはずがありません。


しかし、その問題点に気付いたとしても、上から目線でガツンといってしまうと、
永遠に信頼関係は気付けないものです。


ゆえに私は一通りの情報を聴き出せたら、次は相手に質問をしていきます。
その質問の行き着く先は、内なる問題点です。

そうして、私が問題点を指摘するのではなく、相手に自分自身の問題点に気付いてもらうように
質問を通じて導いていくのです。


そうすると、相手は自分で答えを見つけたと思っていただけます。
自分で言ったことだから、それにしたがって動けるようになるのです。

コンサルタントは親兄弟でも師弟関係でもありません。
あかの他人同士です。


いきなり土足で相手の人格にまで踏み込むと、必ず拒絶されます。
それが言い切り型です。
キャラ的にそのやり方が合うコンサルタントもいることは事実です。
しかしそうしたスタイルの人はお客様との関係が長続きしないものです。


私は相手に会うとまずは今抱えている悩みや問題を聴きながら、5年後10年後の夢を聴きます。
そうしてその不一致を起こしている内なる問題点を探り当てていきます。



ある飲食店経営者に質問をしていくと、経営うんぬん難しい話をしながらも、
この事業を通してやりたいことは
「モテたい!」
でした。
別の今日、明日の資金繰りに苦しみぬいていた飲食店経営者に質問をすると、
「店の敷地内に温泉の出る保養施設を作りたい」
でした。


二人とも私よりも随分と若い経営者ですが、今や大繁盛をされています。
あらゆる企業、そして地元民から「モテモテ」状態になっているし、
場所は違えど社員向けの研修所を作られたそうです。


自分の口から出た言葉はきっと自分の体の中に響き渡るのでしょう。
他人から上から言われた、まず拒絶から入ります。



スタッフとの関わりも自分が得意な質問型を取り入れよう!

そんな風に思った大家さんとの話でした。
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by tonkatsuyutaka | 2007-11-13 13:26
第119話 失ってわかるありがたさ
11月初めの土日は久しぶりに二日間ともとても良い売り上げを記録。

その時、ずっと揚げ場に入っていたのが“阪大8回生”唐木君です。

しばらくホール業務に専念していた彼は、今後のスタッフ育成のことも考えてなのでしょう、
積極的に揚げ場に入り、考えを持って仕事をしているように私からは見えました。


揚げ場から見たホールと、ホールから見た揚げ場はまったく違ってきます。
ホールに慣れたからこそ、改めて揚げ場を実践しようという意図を感じたので、
私は何も言わずやってもらいました。



が、その二日間は連続で一人ですべてをこなすにはきつすぎたようです。
月曜日の朝に彼からメールが届きました。
「右手が動きません・・・」

しかし、その日は私は大切なお客様をお迎えする日。
代わってあげられるのは早くても8時以降です。

とりあえずは店の行きつけにしている接骨院に行ってもらい、診てもらいました。
が、かなり重度の腱鞘炎とのこと。
店に帰ってきた彼の右手はギプスでガチガチに固められていました・・・

自分を責めるので、
「俺と同じで、もう揚げ場には入ったらあかんということがわかったやん」
といって笑い飛ばしました。



それからしばらくは接骨院の先生の指示通りに絶対安静のため休みを取ってもらいました。
働きづめの彼にとっても、きっと必要な休みだったのでしょう。



彼が入社するまでは、私は午前中にプールに行って、帰ってからブログを更新、
昼を食べてから、2時ごろに店に着きます。
そこから銀行や買い出しなどに行き、開店準備と包丁を使わなくてもいい仕込みをします。
それを終わると大体3時半過ぎ。
血流の関係でとても疲れやすいため、しばらく休憩も兼ねて、電話の着信チェックなどをします。
そしてパソコンで集計業務を始めるともう4時半近くになります。
5時前には早出のスタッフが出社して来ますので、結局ゆっくりと考える時間はほとんどなし、
というのが今まででした。


それが彼が店に入るようになってからずいぶんとリズムが変わりました。
彼はいつも夕方4時にきて、シャッター開けから、仕込みまでの開店準備と、
店の徹底したクリンリネスをすべて任せています。

その間、私はまったく自由です。
本当にいろいろなことが一気に進みました。
小さなことから大きなことまで、ゆとりを持って行うことができます。

2時に会社にきて銀行に行きさえすれば、疲れることもなく、ずっとゆとりの時間です。
こんなにありがたいことはありません。
約4時間のフリータイムは何にもましてありがたいものです。



そんなリズムに慣れてきて、やってくれるのが当たり前と感じるようになった矢先の怪我。
私自身が風邪気味であることもありますが、やりたいことが計画通りにできなくなるものです。



当たり前のように、やってくれること。
失ってみて、そのありがたさが身に染みました。
とにかく早く怪我を治してくださいね。
よろしく!!!!!
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by tonkatsuyutaka | 2007-11-12 20:34
第118話 久しぶりのセミナー講師をやって学んだこと
昨日、兵庫県美容業環境衛生同業組合 宝塚支部様の
「秋の教育部講演会」の講師をつとめさせていただきました。


セミナー講師をするのは、船井総研を退社する2ヶ月前に勝手に「引退記念セミナー」と称して
サトーカメラの佐藤勝人さんと一緒に、福岡、大阪、東京、札幌の4会場で話して以来です。


当時は月に何度も人前に立って原稿も何もないまま話すということをしていたので、
今回もまったく緊張することもなく、とにかく今の私に伝えられることを伝えよう!と
真剣に話をさせていただきました。


参加されたのは30名以上。
大半が私よりも先輩の経営者の皆様です。
その参加者の皆さんを確認して、今日の講演テーマを
「開業当時の夢と希望に満ち溢れていた自らの始元を取り戻していただこう」
そういう風に私なりに決めて話をしました。


経営も20年30年とやっていると惰性になってしまう経営者がたくさんいます。
それでも経営をはじめるときは、本当に大変な思いをしながらも、
夢や野望や希望をかなえるために必死になって働いていたはずです。

参加された経営者の皆さんから比べると、私なんてまだまだひよっこです。
そんな私が伝えられることは、ほんの2年半前にそういう思いではじめて、成長し続けるために
日々行っていることしかありません。


それらを具体的な事例を使いながら、参加者一人一人の表情を見ながら、できる限り丁寧に、
そして分かりやすく伝えました。


約2時間という長めの時間をいただきましたが、
今の経営者であり、マーケッターとしての私の力はほぼ出し切れたと思います。



セミナーの後、参加者の皆様が
「普段やったら寝に来るようなもんやけど、今日のお話は逆に目が覚めたわ」
「人の話聴いてメモ取ったんなんて記憶にないわ。見て、ノートぎっしりになったわ」
「経営者をはじめたときの熱い思いを思い出せました。ありがとうございました」

そんな声をたくさん聴かせていただきました。
本当にありがたい限りです。



そうして会場を出るときにふと気づいたのは、
船井総研の時と比べて汗をかかなかったということです。

もちろん、立って話をするということ、さらには会場の熱気もあって、多少の汗はかきました。
しかし、船井総研の時は最初から最後まで汗だくでした。
1時間も話すとまるで風呂上りの如く、全身びちゃびちゃです。
額からぽたぽたと汗が落ち、原稿がにじんだこともあるほど。
セミナーの日は必ずYシャツの着替えを持っていかねばならないほど、大汗をかいていました。
当時、私は汗かきだから・・・と言い聞かせていましたが、
講師として話すとき以外は汗なんてかきません。



そこで感じた明らかな違い。
それは話の内容に対する私の自信です。


昨日お伝えした話は、私が実際に体験して、心の底から自信を持っている私自身からでてきた
言葉です。
しかも伝える相手に経営者として自分よりキャリアも何もかも上という敬意を持っていました。
だから一切演じることなく自分自身をさらけ出すことができたのです。


船井総研の時は違いました。
話す内容は、自分の言葉と思い込むようにしてきた受け売りの言葉です。
多くは指導先の経営者であったり、上司の宮内亨氏の言葉であったり、
ほとんど自分の言葉として話をしていませんでした。
さらには船井総研チームリーダーとして、参加者の上に立って伝えねば・・・
と必死になって優秀なコンサルタントであることを演じていたのです。

宮内氏にはいつも「不自然なことをするから汗をかくんさ」と言われました。




経営者をやって、経営というのが簡単じゃないことを思い知りました。
経営者をやって、店を維持しつづけることだけでも大変なことだと思い知りました。
できると思っていたことが全然できず、それでも失敗を繰り返しながら一歩づつ、
時には後退もしながら、前を向いて進んでいる。
そうしたことで企業の大きな看板を傘にして自分は偉いと思い込んでいたことに気づきました。

今、私自身は極めて自然体です。
何も演じる必要もなく、恥をかくことにも恐れがありません。


そのことを昨日の2時間で汗をかかなかったことが証明してくれました。
それ自体が私としてはさらに大きな自信です。


とてもありがたい機会を与えてくださったKTパームスの鶴田康聖社長に感謝いたします。
ありがとうございました。
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by tonkatsuyutaka | 2007-11-09 09:09
第117話 タイミングとは常に悪いことを前提にする
郊外にある店舗の宿命なのかもしれませんが、平日の営業にはムラがあります。
いまだにお客様の多い日と少ない日はいつ、どんな時に、というのが読めません。


80席もあるような大きな店なら、必要最低人員も最初から多いので、
多少の読みが外れてお客様が多かったとしても対応はしやすいものです。


しかし私たちのようなわずか14席の小さな店では、
20人来られるのと40人来られるのとではその忙しさは倍では済みません。
ぱらぱらと来店されての20人なら2人で対応できます。
しかし一気の20人の場合は3人必要です。
40人となると3人でも非常に厳しい状態です。


かといって常に3~4人で待機するというのも、人件費上無理な話なのです。

だから店としては、読めない中でも過去の実績に基づいて、
万全の体制を整えておくほかありません。


通常の平日は大体立ち上がりは悪いので、18時から19時までは2人体制です。
19時から1人増えて3人体制になります。
そして状況をみて20時30分から21時にかけて1人上がって2人体制で店を閉めるというのが
平日の人員パターンです。



それにしてもこの2日間はそのムラが特に激しいものでした。

火曜日はもともとお客様の少ない日です。
そこで新人研修をするため11月に入社した20歳の女性スタッフを19時からシフトに入れました。
18時から入っているのも10月に入社したばかりの男性スタッフです。
しかし18時の開店と同時に男性客が1人入っただけで、20時までゼロです。
研修にもなりません・・・

そこで私は女性スタッフと席に座って、店を作るに当たっての思いや、品揃えについて、
メニューブックの構成や、売り方についてなど様々な話をじっくりとしました。
彼女も私の話に次々と質問をしてきましたし、提案までしてくれました。

その日は店の片付けの研修を行うので、20時から教育担当のスタッフが出社してきました。
そこでもうひとりの男性スタッフは上がってもらいます。
そして揚げ場の練習と片付けの打ち合わせに入ってもらおうと思ったところ、
どうしてなのだか、急に来店が続きます。
2時間も来店がゼロだったというのに、あっという間に満席です。

それでも本来の目的を果たすべき、研修をしながらお客様への提供もなんとかできました。
そして最後のご来店がラストオーダーギリギリでした。

慣れた人がラストの片付けをするのと研修をしながらやるのとでは時間が倍以上変わります。

しかししっかりと研修をしてもらいました。
結局、私の帰りはいつもよりも1時間半くらい遅い23時50分の最終電車になりました。


昨日の水曜日は1週間を通して比較的売上が高い日です。
特に6名のご予約があったので、もともとは19時入りの予定だったスタッフに
早く入れるかたずねると、たまたまその日は授業が休講なので18時からは入れるとのこと。
じゃということで18時から入ってもらうことにしました。

開店準備が早めにできたので、5分前に店を開けると10分後に満席になりました。
その後も続々と来店があり、18時半には行列が・・・
結局19時までの1時間強の間に30人近い来客数がありました。

キッチン内はドタバタです。
それでもなんとかかんとか切り抜けて全ての提供を終えて一息ついたら、
その後の来客は見事に止まりました。
19時15分に入られたお客様を最後に、まったく来られません。

そしてその前日が遅かったこともあったので、早めに片付けに入り、
いつでも閉められる状態になった21時15分にお客様が来店されました。




もちろんお客様のご来店ほど嬉しいものはありません。

しかしなぜいつも集中するのか?
そして片付けモードに入ると来店があるのか?


そのタイミングの悪さを嘆いても仕方がありません。

逆にタイミングはいつだって悪いものと受け容れていれば、楽になれます。

火曜日はタイミングが悪かったおかげで、新人スタッフに店に対する思いを
伝えることができました。
そして忙しい中での揚げ場のオペレーションを体験してもらうこともできました。
さらには片付けに時間をかけるととんでもない時間になってしまうことも体験してもらえました。

水曜日は30人ものお客様に平日でもものすごく入っていることを知っていただくことができました。予約キャンペーンの説明をすると「平日でも予約したほうがいいわね」と言っていただけました。



タイミングはいつも悪いものです。

それをどうやってプラスにとらえ、どうやって次の戦略に生かすか。



そこが商売人としての、経営者としての、力の見せ所であり、楽しみどころだと感じました。
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by tonkatsuyutaka | 2007-11-08 12:42
第116話 本田美奈子さんの命日
今朝、テレビから本田美奈子さんが歌うアメイジング・グレイスが流れてきました。
本田美奈子さんが急性骨髄性白血病で亡くなったのは2年前の11月6日。
私は当時そのニュースを病院のベッドで見ました。


本田美奈子さんは1967年生まれ。
私よりひとつ年下のまったくの同世代です。
わずか38歳での死は、すでに3ヶ月以上入院しているにも関わらず、
一向に退院のめどが立たない私にとっては辛いニュースでした。


生きてきた経緯も世界もまるで違うとはいえ、
ここ数ヶ月の闘病生活の写真映像を見ると私と同じ状況です。
ちょっと前まで元気いっぱいに仕事をして、入院していても必ず良くなることを信じて、
たくさんの夢を語り、看護士を相手に歌ったりしていたそうです。
採血されながら「うちのとんかつはね」と看護師さんに語っていた私と同じです。



その頃の私は、9月に受けた開頭手術の状態が良くなり、落ち着き始めていたものの
10月下旬から原因不明の高熱が続いていました。
1日に何度も41度を超える発熱があり、血液検査で通常0.2くらいが標準値の炎症反応が
15を超えるような異常値が続いていました。
ずっと点滴を受けながら解熱剤によって意識を保つような状態でした。

その原因は後日、以前に受けた手術がもとでできた動脈瘤でしたが、
それが判明するまではとにかく不安でかつ厳しい日々でした。


ちなみに11月6日は1989年の松田優作さんの命日でもあります。
松田優作さんが亡くなった時の年齢は40歳。
本田さんのニュースに続いて流れる、私が憧れつづけた松田優作さんのニュースを聞き、
死を強く意識しました。


その後、動脈瘤の手術を受けたものの術後経過があまり順調ではなく、
傷口を閉じられないまま、ある日突然の大量下血。
緊急輸血を受けながら国立循環器病センターから大阪大学救命救急センターへ
救急車で搬送され、集中治療室に入りました。

今までは遠い遠い想像の世界でしかなかった死が目の前の現実になった瞬間でした。




あれから2年、今ではすっかり元気に生きています。
仕事だ、遊びだ、という以前に「生きている」という感覚を持てるのが、
私が死にかけたことから学んだ感覚です。


家族のこと、スタッフのこと、友人のこと、お客様のこと・・・生きているからこその存在です。
感じること、思うこと、考えること、やってみること・・・生きているからこそできることです。


本田美奈子さんや松田優作さんは死してもなお映像としても作品としても生き続けています。
それを素晴らしいという考え方もあります。
そんな風にして生きてみたいと考える方も多いと思います。


しかし私のように死を目前まで引き寄せた人間にとっては、
死んでからどんな評価を受けようが関係ありません。


生きているときにこそ、悔いを残さず楽しむべき時に楽しみ、苦しむべき時には苦しみ、
おもしろければ笑い、悲しければ泣く。
そうやって「生」そのものを受け容れるべきだと知っています。


決して精神論でも、決して宗教論でもありません。

人間は死んだらおしまいです。
生きていてこそ人間です。


今こうして生きていること自体に感謝を感じたワイドショーの特集コーナーでした。
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by tonkatsuyutaka | 2007-11-06 11:33
第115話 ごはんのおかわりを有料にしました
今、なんでもかんでも値上げに向かっています。
当店で使用する食材も揚げ油をはじめとして、
いわゆる穀類を使っているものは値上げの波にさらされています。

当然のことですが、それは原価に大きく影響を与えます。
しかし、最終消費者と常に向き合っているサービス業、小売業は
なかなか値上げに踏み切れないものです。

特に私どものような小さな店、まだまだ導入期の店にとっては、
値上げというのは最終手段と考えざるを得ません。


しかし手をこまねいてみている訳ではありません。
お客様の動きを見ながら、少しでも出来ることを考える必要があります。


そのひとつがごはんのおかわり有料化でした。


そもそも私は店をはじめる前から、ごはん、キャベツ、味噌汁までおかわり自由が当たり前と
思われている、とんかつ店独特の常識が不思議で仕方がありませんでした。
ファミレスでも中華料理店でも和食店でもごはんはもちろん、サラダやスープは有料です。
なぜ、とんかつ店だけ?


そこで再オープンしてからおかわり自由制をやめました。
そのかわり、最高に美味しい米を、最高に美味しい状態で炊き、ぴかぴかつやつやの状態で
提供すると決めました。
量ではなく質で価値を伝えようという考えです。
またそれを理解して、それを求めるお客様に来ていただきたいという考えでもあります。


おかげさまでその戦略はひとまずあたりました。
おかわりを言われるお客様の比率は10~15%程度です。
ほとんどのお客様が、ごはんの配分を考えながらお食べになられます。


それでもあくまでもサービスとしてメニューには一切表記をしないまま、
1回だけおかわりを受けていました。
おかわりができると知った時のお客様の嬉しそうな表情といったら、
サービスをしている人間としてたまらない喜びです。

そうして、お客様と喜びを分かち合っていました。



しかしながら、おかげさまで店の評判が広がり、客層も様々になってきました。
最近では高校生くらいのとても若いお客様も増えてきました。
彼らにとってとんかつ店の常識であるおかわりを、
とんかつを一切れも食べないうちに言ってくるようになりました。

おかわり一杯無料を表記していないとはいえ実施している以上、当然受けます。
さも当然の顔で受け取る彼らに「次のおかわりからは1杯250円になります」と伝えると、
不満そうな顔をして途端に大事に食べ始めます。
そうしてお互いに喜びを分かち合えない状態が発生し始めました。



おかわりを1回できることを知らないお客様もいらっしゃいます。
さらには女性やお年寄りなどそもそもおかわりは不要なお客様もいらっしゃいます。

自分の商売がお客様に対して随分不公平になっていることに気づきました。

肉は大きさが変わると値段が変わります。
私にとってのごはんは決して添え物ではなく、
とんかつと同等にお客様に自信を持って提供している商品です。

商売として商品をぞんざいに扱い、お客様に不公平感を与えているとすれば問題です。



そういったこともあり、また食材の値上げの波にもあわせて、
11月1日よりごはんのおかわりの有料化に踏み切りました。

値段は標準200円、少なめ100円、多め300円。
全てのテーブルにご案内POPをつけました。


その結果、今までよりもおかわりの件数そのものが増えました。
予想外でした。


原因としてはやはりおかわりができることを知らなかったというのが一番です。
さらに2,000円の単価に対して100円~200円のプラスなら、
満足を優先していただけるということです。

お客様にごはんを価値のあるものとしてとらえていただけることにも嬉しさを感じます。
ますますごはんを美味しい状態で出さねば!という気持ちになれます。



昨日はおかわりの売上だけでとんかつ2人前を超える売上になりました。



常識をまず疑い、
自分のやっていることに常に問題意識を持ち、
お客様の真の要望を見いだし、
自分にできることを思い切ってやってみる。

ダメならさらに深く考えて行動するのみです。


そうした実践を繰り返していくことでしか、強い店になる方法はありません。
私のような店には立ち止まっている暇も余裕もないということですね。
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by tonkatsuyutaka | 2007-11-05 11:53