第51話 謳い文句は確かにその通りなんだけど・・・ |
ネットで事前に店の情報を確認したところ、ジャンルは隠れ家ビストロとのこと。
またHP中に「営業についての店主わがままなお願いと思い」というページを発見しました。
内容はなかなか魅力的でした。
当店は何屋なのか?そこが狙い。
自分の店にふさわしいお客様だけに来ていただきたい。そのために徹底的にお客様を選ぶ。
15歳以下の子供や団体は断り、それ以外でも基準に合わなければ断ってきた。
この店が何屋か?そのジャンルに関わらず来ていただけるお客様に来て欲しい。
ここには美味しい食事とお酒があり、お客様、スタッフが楽しい空間を作り出している。
自分と波長の合うお客様が集えば、お客様同士も波長が合い、共鳴して良い空間ができる。
全ての人に来ていただくのではなく、波長の合う人だけ来てくれればいい。
そのために料理の味、きめ細かいサービスに対して最大限の努力と実行を続ける。
当店はジャンルを問わない飲食店である。
こういった内容です。
同じ飲食店同業者として、これだけ言い切るには凄い自信と勇気が必要です。
それだけでとても勉強になる店なので楽しみにして行きました。
フードの値段は抑え目にしつつ、ドリンクの価格設定はかなり強気です。
ビールはいわゆる国産ではなく、海外メーカーのライセンス製造品を中心に、ベルギーやイギリスなどこだわり物をそろえ、ワインもグラスまたはカラフェでの提供。
料理のボリュームは十分で、味も奇抜さは全くなく、でも個性を残す上手なもの。
盛り付けはあまりこだわりがないようですが、とくに可もなく不可もなくで居心地の良い料理です。
料理を見る限りでは店主のこだわりを実践できている感じが伝わってきます。
しかしとても気になることがありました。
これだけの文章を書けるこだわり&わがまま店主はずっとガス台の前から離れず、
一切客席に会釈も声掛けすることもなく、入店客に対して「いらっしゃいませ」もいわない。
若いスタッフの男性2人はとてもキビキビと愛想よく動いています。
しかし、その愛想と動きは教育によって育てられたものではなく、彼ら自身がもともと持っているものです。
実際に他のスタッフは壁にもたれたり、私語をして笑ったり・・・
店主は料理作りに全てをかけて、サービスは働く人のやる気と才能に任せっきり。
残念ながら「きめ細かいサービス」に最大限の努力と実行ができているとは思えませんでした。
私の店に置き換えてみると、
私はキッチンには一切入らず、ホールで常にお客様と接しています。
ゆえに料理を作る経過についてはほとんど見ることができませんが、
結果としてキッチンから出てくる料理について注文をつけます。
そして、お客様が食べている最中でも料理の状態を確認し、気になることがあればすぐにキッチンスタッフに指導をしていきます。
今は私がいない時が週に2回ほどあります。
その時に料理の質が落ちてはもとも子もありません。
だから商品の品質にしつこく食い下がり、お客様の表情、会話、食べ方などからキッチンへの指導を続けています。
新人が入るときは、一定期間は必ず私がいるときにしか出勤シフトを組みません。
店の基準が料理もサービスも含めて私であることをわからせるためです。
運営や作業の教育はスタッフに任せても、店の根本基準を身に付けさせるのが私の仕事です。
サービスについても同じです。
シフトではない日に店で食事をしながら気になることを見つけ次第指導します。
そうやって自分の店の状態にムラが発生しないように心がけています。
この店はとても良い店でした。
お客様も私の店に来ていただきたいような良い雰囲気の人ばかりで満席です。
なるほど看板に偽りなしです。
しかしながら店主の実践に「?」を感じました。
酒の飲めない妻が頼んだ水はミネラルウォーターを600円で注文しないといけないというあたりにも、「きめ細かいサービス」はどこへやらを感じてしまいました。
「こんなに飲めないかもしれませんが、ごめんなさい。これしかできないもので・・・」
そういって申し訳なさそうに1.5Lのペットボトルごとテーブルに置いていった若いスタッフ。
勘定が終わって席を立つ時も、オープンキッチンにいる店主は目も合わさず、腕を組んで仁王立ちでした。
それに代わって、扉の外まで送って「また来てくださいね」と実に自然な笑顔と声掛けをしながら、車に乗り込むまで見送ってくれた素晴らしき若いスタッフ。
彼らがいなくなると、随分店の雰囲気はかわるだろうな、と感じました。
サービスと教育とはなんなのか?
そして店の理想と理論と実践の一致の難しさを勉強させられた繁盛店でした。